2014年7月8日 この物語システムの由来と今後について

私は大人と子供の時間同士の接点を造りたいと思った。

互いの楽しみを、実体験とし、共有し、それを価値あるものだと

相互に伝え合えたなら、大人であることにも子供であることにも

それぞれ大事になり、苦でなくなると。

 

そんな思い出を(伝え合える)世代が世代を造れば、親であることを、子であることの

意義を「殺す」ことがなくなり、人が子供であることも親であることもそうなることも

放棄せず、「家族」を造る事を諦めない、忘れないのではと思ったから。

 

だから私は、この物語システムを造った。

空想活劇であり、SFも、ファンタジーも、コメディーも恋愛もあるが、

苦難はあっても悲劇や残酷さのない、もしくは少いという規則を持ったシステムである。

 

世界は常に残酷さや悲しさで満ちているかもしれないが、故にこれが

人が痛みを痛み、悲しみを悲しむ証左と思う。

ならば、楽しさを思い描き、これを理想として、差別も区別も悲劇も残酷さもない

世界を造る起因となる理想を思い描ける物語があればと思った。

 

同時に肌の色や、国籍、性別、所属する国家、そして宗教やその他のグループ、思想、身体の

別で差別が起こらない世界観と、その差別により、どれほど人の(その先への)成長を暗く閉ざしているのか?

差別するためだけの区別による残酷さがどれほどに無意味なのか?

戦争という殺人の羅列を、国家が人に強要しては作り出し、

人に害する種類の為政者が、常に個人にのみこの責を負わせ、責任を取らないその姿勢が

どれほど人個人を貶めているのか。

 

だから、他の何者もこれを生まず、これを負わない世界の意味を伝える為、

あらゆる思想、宗教の成立はもとより生命の発祥よりも以前から

この物語は始まっている。

一方で、現在の世界を定義しながらも、

差別や殺人によって「何が」人の内と世界に生じるのかという「負」を

物語的sf/ファンタジー的な表現を含めて表現し、この回避の方法を示唆している。

 

この物語は、「あらゆることのずっと先から差別なく其の在り様が在って、そのずっと前にまで

続く」ようにしてある。

 

最後に、もはや人からは人の外のもののように思われ、もはや親や兄弟からもそう思われて久しいが、

私が今よりずっと若い頃から、私は声優という感性のひとつの「人」を、

伝心者、思想の代弁者として捉えている。故にそこには

既存の(他者も自己も)消費するだけ的な偽者の芸能などの要素は少なく、

故にそれは教育者的要素を持つ新しい在り様に映っている。

しかし、現在の声優の環境はそういったものとは程遠く、

だからこそ、その声優という人としての個人個人の価と尊厳と人権認められ

人に使い捨てられることのないように、

常に演者と作者たれと思い、この物語には

声優のための仕組みを造ってみた。

 

具体的には、物語に登場する「定・動・導・繋・伝」の五つの「根源作用の魂たち」

(約5000キャラクター)・・・通称「魂ちゃん」の声とそのキャラクターそのものを貸与して、

物語の世界観とそのキャラクターで

声優一人一人が常に自分だけの物語を持てるようにするものである。

もちろん規約はあるが、いくつかの条件を満たせばと考えている。

 

声優とういわば作家の思想的代演者が、役者以上に役者であり、教育者としての意義を見出し、

ただ時代に使い捨てられないことを切に願ってのことである。

これが恩返しになればとも思い。

 

 

以上が、私がこのシステムを構築する理由である。

 

2014年2月の卒倒から、6月には突発性前庭神経炎と入院を経て、まだまだ大丈夫と思う一方で、

退院より十日たち、副業の業務状態は変わらず、

再発の恐れもある中で、以前よりも強く万が一を思い、今回、ここに由来を記してみた。

 

実は本日はある記念日なのだが、ちょうどよく、今後の方針も書き残しておきたい。

 

現在のホームページは、中途半端な状態での項目が多く、これを一度整理する。

年表と物語の構成と進行、各部の解説、そして外伝のひとつである

「魂ちゃんの冒険」を中心としたホームページに変更する。

構想だけの物語は随時出来上がり次第にし、スリム化を図る。だいたい一ヶ月ほどでと思っている。

また政治向けの発現用に別途ホームページを造るか考えている。

 

・・・・・紋切り型の口調ですが、体調が悪いので、効率化優先となりました。

すいません。